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川と湿原

釧路

 道東の国立公園には、すばらしく多様な景色と野外体験にふさわしい環境が揃っています。阿寒摩周国立公園の巨大なカルデラや火口湖、強烈な印象を残す火山と釧路湿原国立公園の低地に広がるのどかな光景は、まるで対照的な旋律を描いているかのようです。

 そのポイントは川にあります。釧路川は阿寒摩周国立公園内にある屈斜路湖の南東部を水源とする豊かな河川です。蛇行しながら154kmにわたって南下し、釧路平野や釧路湿原国立公園を通って最後は、港町釧路(人口約16万6,000人)に面する太平洋に注ぎます。下流3分の1は日本最大の湿原(22,070 ha)で、その範囲は南北36km、東西25km。これは東京中心部がすっぽり入ってしまう程の大きさです。

 今日広大な泥炭地を形成する場所は数千年前、単なる海の入り江でした。海水面が低下し、火山から噴出したシルト(泥砂)が北側に流れ込んで、海水を含む低湿地のデルタ(三角州)ができました。その後生態系の変遷に伴い、水深の浅い汽水の湿地が淡水環境とダイナミックに結びついた結果、3種類の植生区分が生まれました。泥炭層、ヨシ・スゲ湿原、そしてハンノキ林です。

 釧路湿原国立公園は日本最大の低地自然環境を有するだけでなく、吸水や治水にも大きな役割を果たしています。野生生物の素晴らしい居住地であり、アドベンチャーツーリズムをはじめとするアウトドアツーリズムを楽しめる場所です。

 阿寒摩周国立公園を象徴する動物といえば「冬の使者」の別名を持つオオハクチョウですが、釧路湿原国立公園を象徴する動物は同公園の偉大な住民、タンチョウです。アイヌ語では「サルルンカムイ(湿原の神)」の名称で知られています。体長は1.5メートル、羽を広げるとその幅は2.4メートルにもなります。

 夏、広い湿原がタンチョウのつがいであふれます。つがいは大きな巣を地上に作り、白い卵を2個産んで、ヒナを育てます。真夏以降、タンチョウの家族は緑豊かな巣を離れ、エサを求めて川沿いや湿原の端の方へ向かうようになります。秋になり湿原の気温が下がってくると、タンチョウの家族は繁殖地にとどまることをあきらめて大集団を形成し、最終的には100羽以上の仲間が集まる近くの越冬地に移ります。タンチョウ観察に絶好の場所が、釧路の北にあります。鶴居村(鶴居・伊藤タンチョウサンクチュアリ、鶴見台)と阿寒町(阿寒丹頂の里)です。これらの場所では至近距離でタンチョウを観察したり、写真を撮影することができます。

 タンチョウのつがいがデュエットを奏でるように鳴き、踊る冬の求愛行動は次の繁殖期に備え、その絆を確かめ合っているかのようです。釧路湿原の片隅で、静かに雪が降る中を、白と黒というシンプルな色彩のタンチョウがバレリーナのように優雅に跳躍し、舞い、旋回する姿ほど刺激的でフォトジェニックな光景はなかなかありません。給餌場に集まるタンチョウの威風堂々とした姿を見たい、カメラに収めたいと何千人もの人々が毎年、冬の釧路にやってきます。ですが、釧路が誇るものは何もタンチョウだけではありません。

 湿原の西(北斗の近く)や東(細岡の近く)にあるビューポイントからは、釧路湿原国立公園の大パノラマが楽しめます。細岡展望台からはキラキラと蛇行する釧路川が見え、地平線の彼方、北西方面には阿寒火山群を臨みます。西端に阿寒富士の円錐形の山頂があり、そのすぐ右には火山活動が続く雌阿寒岳が、その側面高くにある火口壁から噴煙を上げています。雌阿寒岳の右奥にはもう一つの火山、雄阿寒岳がそびえています。

 冬には、蒸気機関車が釧路と標茶を結びます。白煙を上げながら細岡展望台の下を抜け、釧路湿原の東端に沿って走る光景は郷愁を誘います。蒸気機関車はずっと、乗客も写真家も魅了する存在なのです。国道391号線近くの踏切地点や塘路湖のビューポイントからは、機関車の全体像を拝むことができます。

 冬になると雪と強風が周囲を包みこみ、荒涼とした景色が広がります。大地も湖も河川も結氷し、一帯は白銀の世界に変わります。聞こえてくる音といえば、川を下る氷がぶつかりあう音、堅いアシの茎がかさかさとこすれあう音、川の氷が割れる音、風がひゅうひゅう吹く音くらいです。冬と夏の合間、楽曲の間奏のように過ぎてゆく春には、湿原に印象的な鳴き声が響き渡ります。タンチョウによる、優雅で力強い二重奏です。「またタンチョウ?」と思われたでしょうか。釧路には他にも見るべきものがあります。タンチョウと機関車だけではありません。

 日本で最も一般的な大型ほ乳動物であるエゾシカや、キタキツネは釧路の湿地帯や森林、農地に住んでいます。キタキツネについては、道東では日中によく現れます。時々遠吠えが聞こえますがそれはキツネではなく、堂々としたオジロワシの鳴き声です。翼を広げた体長は2m、ゆったりと宙を舞い自分のテリトリーを誇っています。ワシの姿は年中確認でき、一部のつがいは湿地、河川、湖全体を見渡せる高木に巣を作ります。秋にはロシア東部から越冬にやってくる渡り鳥も加わり、壮観です。

 春になると混合林に気持ちのいい空間を風が通り抜けます。地表にはまだ草が生えていないようですが、夏が来る頃には膝ほどの高さまでのびる青草で覆われます。林床には大きくプリーツ型をしたバイケイソウの葉と、青い鈴の形をしたエゾエンゴサクの花が広がります。太陽の光が注ぎ樹木が生える斜面には、エンレイソウの白い花が咲きます。5月、それまで枯れ木だらけだった林にエゾヤマザクラのピンクとモクレンの白がちらほら目立ち始め、森の木が芽吹いてきます。鮮やかな黄色のセイヨウタンポポが、道路沿いに花を咲かせます。やがて、林床に大きなルバーブのようなフキの葉が広がり、クマザサの葉も生い茂ってきます。クマザサは道東最大の地表面を覆う地被植物です。年の後半には、高く伸びる青色のリンドウとエゾトリカブト、ひょろひょろと伸びる黄色いヒゴオミナエシ、そびえ立ちつつ頭を垂れるような尖端のサラシナショウマといった植物が楽しめます。

 夏の朝霧の中、湿原を飛んでいるカッコウの姿が見え、擬音のような鳴き声が遠くまで響き渡っていることがあります。葦原はコヨシキリのおしゃべりでとても賑やかです。涼しい夏の夜には、湿原からエゾアカガエルの合唱、上空からオオジシキが求愛行動をするユニークな音が聞こえます。

 湿原が与えてくれるのは、リラックスした安らぎの時間、風や葦草のそよぐ音や夏鳥の鳴き声などを体感する機会、そして自然の穏やかな動きがもたらす幸せなひとときです。

 湖や川のカヌー下りが人気を集め、山道や遊歩道のハイキングやサイクリング、ホーストレッキングもその魅力を増しています。こうしたアクティビティは環境汚染などマイナスの影響が少なく、「スローな時間」を提供します。水源の屈斜路湖から、火山山頂の圧巻の景色や火口湖をバックに釧路川を下り、スローで静かな世界を享受する価値は大いにあります。塘路湖からスタートし森林に縁取られた川の下流で、日本に残る壮大な湿原環境を味わうのも良いでしょう。ここはイトウという大きな魚や寒冷地に適応した3種類の在来の両生類、そしておよそ48種類のトンボの生息地でもあります。釧路を体感できるものや方法は、こんなにもたくさんあるのです。

原文(英語):マーク・ブラジル

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